東日本大震災の記録

東日本大震災の記録 page 68/178

電子ブックを開く

このページは 東日本大震災の記録 の電子ブックに掲載されている68ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
東日本大震災の記録

東日本大震災の記録68第3章震災当日、私は大代生協にて買い物の途中でした。大きな揺れと共に店内の商品が散乱、店員さんが「ガラスの側から離れてください」と叫びかけておりました。私自身、事の重大さを認識できず、次の日のために花屋に向かうため、外に出ましたが、外の異常さに急いで自宅に戻りました。途中瓦が落ちて道路が塞がれて居りましたが、近所の方々と端に片付け戻りましたら下駄箱が倒れ入り口を塞いでおりました。近所の方に手伝って頂き入口を確保し入ることができました。出かけていた夫も戻り大津波警報の知らせを聞き、避難準備。夫の酸素ボンベ、貴重品を車に積んでいる中、見る見る側溝の水が溢れて来ましたので、急いで車から離れ近くのアパートの階段に避難し小雪の舞う中、家の前を流されていく車、ガスボンベ、物置等を呆然と見ておりました。その後、JXの爆発、それに伴う油の流出、自分を含め近隣の方々には異常な光景でした。小野屋ホテル・多賀城駐屯地・東豊中学校と避難所を移動しました。避難所での炊きだしにおける周囲の方々との絆、そして震災当日に見た澄み切った夜空の満天の星、生涯忘れることの出来ない一コマとなっております。自宅に戻ってから声がけされた「癒しのボランティア」傷ついた心に少しでもと、多賀城市婦人防火クラブの有志と共に仮設住宅を訪問し、話を聞きながらのハンドマッサージ、一人ひとりと向き合って共に涙を流し、近くにいた幼子に笑いを誘われての施術でした。そんな中、一通の手紙を頂きました。震災後、涙まで枯れてしまいましたが、皆様に綺麗にして頂き生き返りました。震災があったから皆様(全国)の絆がありお世話になっております。(抜粋)震災で再認識した自助・共助・公助を元に今後も出来る限り協力を頂きながら「癒しのボランティア」を続けて参りたいと思っております。自助・共助・公助を震災で再認識多賀城市婦人防火クラブ連合会後藤重子さん会長