東日本大震災の記録

東日本大震災の記録 page 76/178

電子ブックを開く

このページは 東日本大震災の記録 の電子ブックに掲載されている76ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
東日本大震災の記録

東日本大震災の記録76第4章い、日早朝より、緊急車両や12支援物資積載車両のための主要幹線確保作業や砂押川堤防決壊箇所の緊急処理工事を優先して作業を開始しました。その後、警察・自衛隊との合同での被災者捜索活動、各所道路の確保及び瓦礫撤去作業等の障害物撤去作業、各避難所への支援物資の搬送、仮設トイレの設置、危険建築物・構築物の解体と整地作業、中間処理施設内外での重機作業等を行ってきました。また、地域ごとを主とした作業班を組織し、作業内容の徹底や危険個所・災害防止の安全対策のための全体朝礼と各社担当者による毎夕の作業打ち合わせや市役所幹部との巡回パトロールを行うことで、作業の迅速化を図りました。困難な作業や問題もありましたが、一丸となって克服してきました。自社や自宅が被害にあったり、不幸があった会員や作業員もいたのですが、不平・不満・不安を口にする人は一人もいませんでした。地元建設業者として、市民として「自分たちの多賀城のために今できることをする」という思いが強かったのではないでしょうか。多くの方々が亡くなり、未だに仮設住宅などで避難生活している方も大勢いらっしゃいます。それらの方々のためにも一刻も早い復旧・復興がなされなくてはなりません。私たち建設業者の本来の仕事は「ものづくり」です。絶えてはならない電気・ガス・水道などのライフラインや安全で強固な道路・河川敷や建物、そして緑豊かな街並みをつくることです。これからは、今まで以上に「ものづくり」で多賀城のために頑張ってまいります。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分たちの多賀城のためにできることをする多賀城市建設災害防止協議会会長斎藤孝一さん多賀城市建設災害防止協議会は、建設災害防止を目的として結成され、その後平成年7月13に多賀城市と災害時協力協定を締結している、建築・土木・舗装・電気・水道・造園など多賀城市内業者を主とした社で組50織されている団体です。震災当日、災害時協力協定に則り、稼働できる数社にて夜を徹して重機・作業員の手配を行るという方針をとり、部分開店の積み重ねで全ての売り場が復旧したのは9月ごろでした。最後に、私どものお店でも職員が一名津波の犠牲になったほか多くの職員が被災をし、いまだ仮設住宅住まいの職員もいます。天災を100%は防げないかもしれませんが、私どもが今回の震災で経験したことを踏まえ、災害時にも地域に対して「やれること」を増やしていこうとしています。津波の水位1mを指差しする吉田店長・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人命や救助、復旧活動への燃料の供給を優先㈱気仙沼商会齊藤博さんあの未曾有の震災により突然のライフラインの停止、世の中がパニック状態になっている中で私たちは、ふるさと気仙沼やその家族の心配もありましたが、多賀城市内で燃料を供給出来る所が殆ど無い事を受け、人命を第一優先に考え、ライフラインの復旧の為に燃料の供給に努めました。震災直後は我々に届く燃料油の不安はありましたが、元売である昭和シェル石油㈱様のご尽力や多賀城市役所様のご協力、日頃お世話になっているお客様や多くの方々のご協力とご理解があり、人命や救助、復旧に携る方々への燃料供給を行う事が出来ました。しかし、日頃からお世話になっているお客様への燃料の供給が思うように出来なかった事と社員に辛い思いをさせてしまった事が