東日本大震災の記録

東日本大震災の記録 page 92/178

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東日本大震災の記録

東日本大震災の記録92第4章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・毎日を大切に生活していくこと高橋東一区町内会副会長鈴木英子さんあの日、3月日は、息子の11次女が産まれ、病院より我が家へ帰ってきた日でもありました。次女を抱っこして長女はコタツへもぐり、長い揺れに障子にしがみつき揺れが収まるのを待ちました。電気工事業とお店を営んでいますので、あの日から、店を避難所と調理場として炊き出しをしました。生活センターへ避難して来ている方々や我が家にも数名、娘の友達が来たりしていましたので、毎日ご飯を何度となく炊きおにぎりを一生懸命にぎりました。沢山の方々から食料等の差入れを頂き、約2ヶ月間もの間夢中で過ごしました。生活センターへは、1日2回、主人と2人で訪問していましたが、皆さんに笑顏で「ありがとう」と言われると、この先の不安を抱えていながらの言葉はとても重くて、涙が出るのをこらえるのがやっとでした。沢山の方々が大切な人を失い、家を失い、働く場所を失い、今も色々と大変な思いを抱えて生活していると思います。先日も大きな地震があり、まだまだ不安もありますが、沢山の命が一瞬で奪われたあの日あの時を忘れずに、残された自分達は、亡くなった方々の分も命の重さを受け止めて、毎日の日々を大切に生活したいと思っております。ング、現場での作業まで様々な役割を体験させていただきました。最初は正直なところ、戸惑いがありました。被害の大きな地域のことがわからなさすぎたな、とか、もっと早く参加するべきだった、と思うこともありました。多賀城市災害VCに入った時、資材、受付、マッチング、各役割がそれぞれがスピーディで、かつスムーズで、全体の一体感がとても印象的でした。運営サイドと参加してくれたボランティアさんたちとの気持ちも同じ方向を向いていて、現場に対しての責任感も強かったと思います。ボランティアリーダーの方々がチームをしっかりとまとめてくれていたことも心強かったです。それだけに、現在行っている被災者の生活支援に関しては、少しギャップを感じているところもあります。仮設住宅には市から業務委託を受けている別の企業があり、支援活動にあたってくれています。また、様々な団体や企業からも物資やイベント、サービス的な支援も行われています。一部の仮設住宅では自治会の立ち上げなどにも協力させて頂きましたが、私たち社協はもう少し広い範囲で、地域で不便を感じながら暮らしている方々のサポートも手がけていかなければなりません。現在、復興支えあいセンターでは市と連携を取り、生活支援相談員が暖房器具の配布などをきっかけに地域の訪問を始めています。その中で、地域の方々の話を直接伺い、困りごとに対する支援などを行っていければ、そして今後は地域住民のコミュニケーションを深めるためのサロンのコーディネートや、市と協力して防犯関係の立て直しなども手がけていきたいです。「地域の復旧」とは、まずはそこに暮らす住民同士でつながりを再構築することから始まると考えています。津波で以前の形態が崩れてしまった地域では、お互いの距離感を取り戻せるようになるまでには、ある程度の年月が必要だと思います。しかし一方で、地域に戻って生活している方々からは、次のステップに進もうとする強い意欲が感じ取れます。その意欲を後押しするような支援、カタチにしていくための支援が私たちの役割であるように思います。そして、その手ごたえは十分に感じています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・住民の声を集めながら地域のつながりを再構築していく多賀城市社会福祉協議会復興支えあいセンター復興支援コーディネーター菊地啓さん災害VCでは受付からマッチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・助けてくれた方々の思いや行動を地域の復旧、復興につなげていきたい多賀城市社会福祉協議会復興支えあいセンター統括菊地顕緩さん多賀城という小さな街に、本当にたくさんの人が集まってくれた。日本全国、そしてアメリカ、アフリカ、ドイツ、イタリア、オランダ、中国、シンガポール…、世界中から駆けつけてくれた人の無償の行為。お金持ちの人もいれば、そうじゃない方もいる。若い方も、年配の方も。何かあった時、人はボー