(聞き手)
多賀城には
高い場所が意外と少ないという意見がありますが、鎌田先生もそのように感じておられるのでしょうか。
(鎌田様)
沿岸部には、イオン多賀城店をはじめ、マンションや工場がありますので、そういう建物をうまく利用すればそれなりに逃げられると思います。
地震などが来たら道路が使えなくなるでしょうから、「バスを放棄してでも、子どもたちを連れて、運転手さんと添乗の先生とで子どもたちをより
高い場所に避難させなさい」と、ことある度に言っています。
(聞き手)
マニュアルがあっても、それを実践出来るかどうかは、職員一人ひとりの意識というのが一番大事なのですね。
(鎌田様)
そうです。避難に関しては第一次避難、第二次避難という体制をとっています。
例えば、津波を想定して行った場合、第一次避難は外に逃げて、第二次避難はより
高い場所へ移動します。年に1~2回の避難訓練でも、3~5歳児はきちんと行えますので避難に関してはあまり心配していません。津波の時は、より
高い場所へ逃げるとしか言いようがありません。
ただ、あまり子供たちに、恐怖心を抱かせるのも良くないと思っています。
震災の後に子どもたちの間で「
津波ごっこ」が流行りましたが、そういう遊びは放っておいた方がいいと前にテレビで見た事があったので、先生方にも放っておくように言いました。
ですが、恐怖心を与えず、災害が来た時の行動を教えるだけでは効果はあまりないと思うので、その加減は難しいですね。今でも震度4くらいの揺れでは、パニックになり、大泣きしてしまう子もいます。
(聞き手)
どこへ逃げたらよいか分からないというお話もありますが、それについてはどうお考えですか。
(鎌田様)
私の壇家の方で、津波から助かった人がいます。
この方は石巻出身で、小さい時から津波の話は聞いていたとの事でした。
仙塩病院の近くで地震に遭い、津波が来そうだという時に、他の人たちは遠くに逃げたのですが、この方は
高い場所に逃げようと、仙塩病院の上階に逃げたそうです。
結果的に、そのおかげで助かったのです。
ですから、より
高い場所に逃げるという事を、大きな地震に遭った時は肝に銘じておかなければいけません。
(聞き手)
高い建物や山などの避難場所が必要ではないかとおっしゃる方もいますが、その件についてはどうお考えでしょうか。
(鎌田様)
確かに、沿岸部に、高くて屋根がついている施設があれば便利だと思います。
この
幼稚園でも避難訓練を実施したところ、2階会議室に立った状態でしたら200人ほど入りました。スペースが狭くても、思いのほか入れるものなのだと感心しました。
(聞き手)
これからの多賀城市の復旧・復興に向けてのご意見はございますか。
(鎌田様)
震災以降、防災行政無線がすごく増設されました。
私の寺のすぐ隣にも設置され、とても騒々しいですが、そんな事も言っていられません。あのくらい充実させておかないと、いざという時には役に立たないかもしれません。
復旧・復興は、見た通り、かなり進んできています。
私の檀家の人たちも、自宅を直して仮設住宅から戻ってこられる方がちらほら見受けられるようになりました。
幼稚園の修繕に関しては、国と県の直轄の補助金が3分の2ほど出まして、他は保険金と義援金で賄う事が出来ました。
個人や民間の中小企業では、手立てがなくて大変なようです。行政に頼りたいといってもなかなか上手くいかないようです。
今は、多賀城に震災の面影がほとんどありませんから、非常に早い復旧だと感じています。
平成24年秋に南相馬市に行きましたが、原発の影響で復旧が進んでいない様子でした。
田んぼの中に車が放置された状態でしたし、警察官の巡回が多く、空き巣も多いようでした。
私の場合の震災の影響は、桜木花園
幼稚園と、この八幡花園
幼稚園の2つに津波を受けた事と、生活する場である寺が避難所になったという事くらいです。不便ではありましたが、何とか凌ぐ事が出来ました。
しかし、ここよりも酷い所はまだまだ残っているという事を、いつも心に留めるようにしています。