(聞き手)
震災以前は、ご自宅ではどのような対策や
備蓄などをされていたのでしょうか。
(千葉様)
非常食の準備と、リフォーム時に
耐震工事をして、家具にも耐震対策をしていました。それから、水も確保していました。
(聞き手)
多賀城市に住んでどれくらいになるのでしょうか。
(千葉様)
45年くらいだと思います。結婚してから多賀城に住むようになりました。
(聞き手)
地域の年齢構成と、地元の方の割合を教えて頂けますか。
(千葉様)
少子高齢化で、高齢の方の比率が多いのです。アパートなどには、若い方もいますが、定住している人はほとんど高齢の方です。
(聞き手)
チリ津波や宮城県沖地震、水害など、他の災害の経験はございますか。
(千葉様)
チリ地震はありませんが、宮城県沖地震の時は家具が倒れた程度で、特別被害は出ていません。ですがこのままでは駄目だと感じ、当時住んでいた家を建て直して、更に震災2年前にリフォームしたのです。水害については、ここは低い土地なので、以前の水害でも車を駄目にしてしまいました。ですから、ここは水害が一番怖いのです。車は雨の時にはここに置かず、少し高い場所に移動させるようにしています。
(聞き手)
これまでの災害の経験から、今回の震災に活かされた事はございますか。
(千葉様)
活かせませんでした。高い所に逃げれば大丈夫だとはわかっていましたが、津波が来るなんてあり得ないと思ってしまいました。
(聞き手)
親や親戚などから、災害時の教訓や行動指針などは伝承されてきたのでしょうか。
(千葉様)
避難時の持ち出し袋を用意しておいた方が良いとは言われていましたが、実際にああいった時には、持ち出し袋があっても持ち出す暇はありません。その中で助かったのは、やはり水でした。ペットボトルに水を溜めていたので、水道が出ない時に洗い物に使いました。
(聞き手)
どれくらい用意していたのですか。
(千葉様)
30本くらいは用意していました。捨ててある物を拾ってきたのでキャップがないものもありましたが、しょっちゅう中の水を変えていたので、飲み水に使う事も出来ました。
(聞き手)
当時は何を持って逃げたのですか。
(千葉様)
何も持っていません。車ごと流されてしまいましたので、携帯電話もバッグも何もかも無くなってしまい、身分証明出来るものが何もなくなってしまって非常に困りました。
(聞き手)
震災以前と以後とでは、地元の防災訓練やイベントなどの実施状況は変化しましたか。
(千葉様)
うちの地区は行事が少ないので、特に変わりはありません。
(聞き手)
住民の繋がりについてはどのように感じられますか。
(千葉様)
うちの地区には、400世帯以上がお住まいになっている県営住宅がありますが、日頃のコミュニケーション不足を少し感じています。
(聞き手)
県営住宅には、古くから住んでおられる方も多いのですか。
(千葉様)
一人暮らしや高齢の方が多くいます。私は、時折、
民生委員としてお邪魔するのですが、一度顔を見せると話が途切れません。皆さん、話し相手がほしいのです。