震災復興業務に係る手記

復興支援のかたち

栃木県栃木市

荒川 才さん

 多賀城市の復興業務の話をいただいたとき、自分にそのような仕事が全うできるか非常に悩みましたが、少しでも力になれたらという思いで震災復興業務に携わる決心をしました。実務としては、主に、内水排除困難区域(八幡地区)における排水機能の向上や、衛生的な生活環境の再生を目指す六貫田雨水幹線の整備に関する業務に携わりました。1年という短い期間で、最後まで事業に携わることができませんでしたが、多賀城市の復興のために、多賀城市職員の方々や全国の自治体職員の方々と共に力を合わせて事業に取り組めたことは、かけがえのない経験であり、とても充実した日々でした。

 東日本大震災が起こった日、大学生だった私は栃木県内で一人暮らしをしていました。電気や水道が使えなくなり、家族や友人と連絡がとれない状況となり、とても不安な時間を過ごしたことを覚えています。しかし、ライフラインが復旧し、さまざまなメディアを通じて東北地方での津波や地震の被害を目の当たりにしたとき、被害の重大さを改めて実感しました。

 復興業務に従事した平成27年度は、道路や街並みもある程度復興し、観光業や、外食業を見ても活気を取り戻しつつありました。しかし、業務の中で地域の方々と話をする機会があり、一人ひとりの立場は違いますが、更なる復興を心待ちにしている方々はたくさんいることを知りました。時間の経過と共に、被災状況や復興状況をメディアで取り上げられる頻度が徐々に減り、被災地の状況を知る機会がどうしても少なくなりますが、私のように震災直後に復興支援ができなくても、微力ながら力になれることはありました。今日においても、復興した街に人々が足を運び、東北ならではの名産品や、伝統文化に触れることも復興支援に繋がると思います。新型コロナウイルスの影響で先行きの見えにくいご時世ですが、コロナ禍が落ち着いたら、多賀城市の古い文化を偲ぶお祭りや、地域色あふれる催し物に参加できる日を心待ちにしています。

 末筆ながら、多賀城市のますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。