震災復興業務に係る手記

震災復興業務に携わって

長野県安曇野市

横山 佳久さん

 平成30年6月に開催された「多賀城市自治法派遣職員等復興状況報告会」出席のため、多賀城市へ電車で向かう途中、「多賀城あやめ祭り」のポスターを目にしました。そういえば、「あやめ」が縁で多賀城市に派遣されたということを思い出しました。

 

 私は、平成24年4月から平成25年3月までの1年間多賀城市に派遣させていただきました。派遣中は、建設部復興建設課工事係として道路災害復旧事業の業務を担当していました。

 私が、派遣された当時は、被災からほぼ一年が経過したところで、予定されていた復興事業は、まだ初期の計画段階で、事業量も事業費も途方もないもののように感じ、いつ復興が完了するのか想像もできないような状況でした。

 しかし、5年ぶりに訪れた多賀城市では、予定されていた緊急避難路の整備や災害公営住宅整備、土地区画整理事業などが着実に進み、駅周辺整備も進む中で、5年前とは街並みも大きく変化していました。

 

 報告会では、復興計画で計画していた約900億の復興事業費が、平成32年までには、すべて完了する目途がついたという話を伺いました。

 多賀城市の菊地前市長は「物的な復興は進んだ、これからは、総合的な復興を加速させ、市民生活を安定させる。」とあいさつされていました。

 

 災害公営住宅整備事業の現場を視察した時に、子供の姿や人の賑わいをあまり感じませんでした。安曇野市も同様ですが、多賀城市でも高齢化が進み災害公営住宅への入居者は、高齢者が多いと伺いました。菊地前市長の言われた「市民生活の安定」に向けて課題を感じるものでした。

 

 私は、派遣を通して、安曇野市で大規模な災害が発生した時、どんな復興事業ができるだろうかということを考えさせられました。

 災害を望むものではありませんが、転んでもただでは起きない、復興事業で次のまちづくりをどのように進めていけるのかということを学ばせていただきました。

 

 多賀城市民をはじめ職員の皆さんのこれまでのご苦労は計り知れないものですが、これからも「未来を育むまち史都多賀城」を目指し、まちづくりがさらに進むことを期待したいと思います。

 

 最後になりますが、現場でお世話になった建設業者や市民の皆さんから感謝の言葉をいただきながら、そして派遣の仲間と助け合いながら業務に取り組んだことは、技術職員として大切な思い出となりました。ありがとうございました。